2025 年末 北陸 その8
2026年 01月 03日

2025.12.30(火)
先端までは行きませんでしたが、能登半島を巡っています。
14:00をまわったので、そろそろ今宵の宿に向かってもよかったのですが・・・
のと里山海道の穴水ICを降りて向かいます。
總持寺祖院(そうじじそいん)は、石川県輪島市門前町門前にある曹洞宗の寺院である。
山号は諸嶽山。通称は能山(のうざん)あるいは岳山(がくざん)。
かつての曹洞宗の大本山「總持寺」。本山の機能が神奈川県横浜市へ移転する際に、
移転先が「大本山總持寺」となり、能登の「總持寺」は「總持寺祖院」と改称され別院扱いとなる。
父親が他界した際に、我が家は曹洞宗だということが判明したので
昨日の永平寺同様、自分にとってまったく関係の無いお寺さんではないようです。
こんなことを書きながら、以前住んでいた
横浜の総持寺には行ったことがなかったりしますが・・・
以前テレビで見ていて「ひどいな」とは思っていたのですが・・・

令和6年12月9日に、「總持寺祖院」の建造物16棟が、国の重要文化財に指定されました。
總持寺は1321年に創建されました。江戸時代には幕府から曹洞宗の大本山と認められ、
加賀藩や地域住民、門徒などから厚い信仰を受け、寺院周辺は門前町として栄えました。
明治の大火後に横浜鶴見区に本山を移転した後は、祖院として再興し現在に至っています。
大祖堂は法堂と祖師道を兼ねており、広い内部空間を保持しています。
仏殿は、曹洞宗の伝統的な客殿を模しています。山門は豪壮かつ細部装飾に優れた二重門です。
回廊周囲には経蔵や白山社本殿、慈雲閣観音堂などの建造物があり、全体で壮大な伽藍を形成しています。
明治時代に横浜に大本山が移転した後も大本山總持寺祖院は横浜の本院と同等の寺格を保ち、
近世以来の規模を継承する伽藍は、これまで維持し続けた伝統的な寺院景観を現在に伝えています。
大本山總持寺祖院は、輪島市を代表する貴重な文化財であり地域の象徴でもあります。
※この指定により、石川県指定文化財の経蔵、輪島市指定文化財の慈雲閣・伝燈院、
国登録有形文化財の大祖堂・仏殿・山門などが、国の「重要文化財」として一括指定されます。
震災後に重文の指定を受けたということは、
復興に向けて補助に関する何かがが動くようになった。
・・・ということなのかと思います。

山門
境内の中央に威容を誇るこのたてものは、総欅造りで、高さ17.4m、間口20m、奥行14.4mで
昭和七年に完成し、楼上に観音菩薩、五百羅漢の古仏を祀ってある。
二階正面に畳一枚もある大きな「諸嶽山」の扁額は前田利為公の筆によるものである。




法堂(大祖堂)
総欅造りの大伽藍で正面に開祖瑩山禅師、左右に道元禅師と二祖峨山禅師を祀り、
左殿に本山守護神、三宝大荒神と總持寺の前身諸嶽寺住職定賢律師を祀ってある。
欄間には瑩山禅師の誕生から諸国行脚の一代記を山形県の名工が親子二代に亘った見事に彫刻している。



まだまだ復興までは時間が掛かりそうですね。
出来るだけ早期に元に戻ることを願います。
総持寺を後にして、穴水ICに戻りましたがもう能登里山海道には乗らず
半島の内側・・・内浦へと向かいます。
能登半島の西側の波も荒く男性的な外浦とは対照的に、
東側の内浦は波も穏やかな女性的なイメージです。

今回は「冬の日本海」のイメージを感じ取れるような場所には出会いませんでした。
この記事を読んで、あぁなるほどと思いました。


試し!?にナビを和倉温泉に設定してみると
「能登島を通ってね」 と言っています。

橋の端部の路面も凸凹です。
なので片側交互通行で復旧工事をしています。

・・・といっても、特にどうこうというわけでもありません。
ほぼほぼ目的地の和倉温泉に到着です。
和倉温泉もかなりの被害を受けました。
まだ営業を再開した宿の方が少ないのではないでしょうか!?
今宵の宿に入る前に、温泉の中心地に行ってみます。
数年前に泊まったことがあるものですから、どうなっているのかを確かめたいのです。
建物を解体して新たに建て直すそうです。
木造でいい趣きの宿だったのですが、それゆえに全(半?)壊してしまいました。
現実は厳しい・・・
まずは荷物を降ろして、クルマを停めに行きます。
by chage_diary
| 2026-01-03 15:00
| お出かけ
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