2025 年末 北陸 その7
2026年 01月 03日

2025.12.30(火)
能登半島に来ています。
輪島の市街地をちょっと周って、少々気持ちが重くなっています。
輪島からは外浦(能登半島の外側の海沿い)を走って、東(先)の方に走ります。
輪島の市街から15分ほどで到着しました。
雪もまったく積もっていないようなので、しばらく歩いてみましょう。

世界農業遺産に登録された「能登の里山里海」を代表する景観。
令和4年2月に「つなぐ棚田遺産」として選定され、国の名勝にも指定されています。
急斜面に、幾重にも段になり海へと広がる田んぼ。その数は全部で1004枚。
一つ一つは小さく、耕運機も入らない狭さのため、耕作は昔ながらの手作業で行います。
水面に太陽の光がきらめく田植えの季節、
日本海に沈む茜色の夕日が棚田を感動的な色に染めていきます。
夏には風にそよぐ緑の稲が青い空や海と見事なコントラストを生み出し、
収穫期には黄金色の稲穂がしなやかに揺れ棚田を美しく彩ります。

当時学校の同級生だったN島くんの実家が金沢にあって
訪ねた折に1日掛けて能登半島をひと回りしました。
当時は当然道の駅などもなく、道路も細かったのです。
路肩でおばあちゃんが民芸品を売っていました。
わら細工のキーホルダー!?っぽいものを買った記憶があります。
それから今までの間に何度か来たことはあるのですが
まさか、こんな震災に襲われるとは思ってもいませんでした。
正直、もうしばらく能登半島には行かれないかな・・・なんて思っていました。
年末のこのような日でしたので、施設も開いていません。
歩ける道はあらかた通行止めから開放されています。
寒いから、開いていても食べませんが・・・
R249 外浦沿いは震災の被害が特に多かったように記憶しています。
無理をせずに行かれるところまで・・・
「外浦(そとうら)」の震災被害について、検索結果に基づくと、
「令和6年能登半島地震(2024年1月)」の被害が石川県珠洲市の外浦地区で甚大でした。
1. 令和6年能登半島地震(外浦地区・石川県珠洲市)の被害
石川県の能登半島北部、日本海に面した「外浦」エリアは、
今回の地震で特に大きな影響を受けました。
海岸の隆起: 地盤の隆起により海岸線が一変しました。
これにより、伝統的な揚げ浜式製塩の場が被害を受けました。
漁港の被害: 多くの漁港で防波堤が被害を受け、
地盤隆起により海底が露出した箇所もあります。
道路・交通: 沿岸部の道路が損壊し、
孤立集落が発生するなど交通網が寸断されました。
2. その後の復興状況(2024年〜2025年)
復興への動き: 2024年9月時点で、一部の伝統産業(塩作りなど)が再開されるなど、
復興のきざしが見え始めていました。
二重の被災: 2024年9月の奥能登豪雨により、地震から復興中だった地域が
再び河川の氾濫や土砂災害に見舞われました。
今後の対応: 被災地域のジオパーク化や、
再度津波が来た際でも対応できる施設整備が進められています。
先に進むと、既存のR249が崖の崩落で原型をとどめていませんでした。
海面が4mほど下がった(土地が隆起した)ので、
これまでの海底に道を作って、道路の海側に堤防を設けていました。
左は堤防を設けて、高波の被害がないようにしてあります。
右手にこれまであった道の道路標識が残っているのが見られます。
まだまだ、以前のように通行できるまでは時間がかかりそうです。


このまま珠洲まで行くのは気が引ける!?のと、R249がこの先通行止め!?かもしれないので
途中、県道6号に右折して内陸部へと向かいます。
県道6号を南下して、珠洲道路にぶつかったところで右折をし
半島の先端部にいくのはやめて、戻る方向に走ります。
いま考えると珠洲の見附島(軍艦島)までは、行っておけば良かったかな・・・と思います。
いい形をした島(岩)だったのですが、崩落してしまい無残なことになってしまいました。

年末年始の休暇に入ったからでしょうが、駐車場はほぼ満車でした。
きっとここにクルマを置いて、帰省をされている方々なのでしょう。
航空ダイヤ〈2025年10月26日~2026年3月28日〉
羽田空港発⇒のと里山空港着
NH747 8:55発- 9:55着
NH749 15:15発-16:15着
のと里山空港発⇒羽田空港着
NH748 10:40発-11:45着
NH750 16:55発-18:00着
羽田からの1日2往復の便が運航がされているようです。
by chage_diary
| 2026-01-03 16:00
| お出かけ
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