近畿 2013新春 その3(天橋立)

b0168647_22132365.jpg

雪の天橋立でした。






2013.01.03(木)


美山町北集落を発ちました。
今宵の宿泊地は日本海側の宮津というところですので、そちらの方面に舵をとります。
R162いわゆる鯖街道で小浜まで走ってもいいかなと思ったのですが
少し早めに到着をして回ってみたいところがあったので、先を急ぐことにします。

b0168647_22144834.jpg

R162を外れて府道12号へと左折します。


そのまましばらく由良川沿いに下って行き・・・


b0168647_22145533.jpg

R27に突き当たったところで給油などをします。 何故かここのGSだけ安かったです。(12:00)


給油を済ませて、R27を北上していくと
ほどなくして京都縦貫自動車道(丹波綾部道路 = 国道478号)の京丹波わちICに到着しました。

今日は時間をお金で買いたい!?モードでしたので
丹波綾部道路に乗ってしまいます。(12:15)

b0168647_22153100.jpg


乗ってしまえば 宮津天橋立までは33.7kmの道のりです。
下道で行こうとすると倍とは云わないまでも、結構な距離&時間を要するような気がする区間でした。

b0168647_22151075.jpg

順調に行けば30分程度で着くのでしょうか!? 下道では1時間で着く自信がありません。

b0168647_22151735.jpg

ここで舞鶴若狭道と交差します。

b0168647_22152437.jpg

冬用タイヤが必要・・・との表示が出てきました。


舞鶴大江ICでチェーン規制が掛かり、装備がないであろうクルマはICで降ろされていました。
こういう時の4駆+スタッドレスは最強です。


b0168647_22153121.jpg

空にはだんだんと白いものが・・・


さすが宮津は日本海側にあるので、気候が違っているのですね。
後で調べたところ、このトンネルのある大江山にはゲレンデもあるようです。

b0168647_22153850.jpg

大江山トンネル・・・そこそこ長いです。

b0168647_22154574.jpg

そして日本海側へ・・・

b0168647_22155297.jpg

まだ降り始めのようでしたので、路面が白くなる前に高速を降りられました。 宮津天橋立IC OUTです。(12:45)


ということで、お昼を少し過ぎた頃には宮津の街に到着しました。



宮津は城下町です。細川藤孝・忠興が丹後を領有して、天正八年(1580年)海岸に城を築いたのが始まりです。
城は一度焼失しており、細川氏が豊前中津へ移封後に丹後を治めた京極氏の手で再建されました。
京極氏の初代高知は田辺にいましたが、その死後遺命によって丹後は三分され、
高広が七万八千石をもって宮津の藩主となりました。
寛永二年(1625年)には、城と町がほぼ整備されて高広が宮津に入っています。
現在の市街地の区画は旧城郭部を除いて、高広が完成した城下町の町すじをほぼそのまま残しています。
京極氏のあと永井、阿部、奥平、青山と城主が代わり、
宝暦八年(1758年)12月遠州浜松から本庄氏が入府、以降明治に至りました。


城下町宮津は、名勝天橋立をひかえ、昔から観光の町として、
また西廻り航路の立寄る港町として、江戸時代以降発展し続けました。
有名な貝原益軒の西北紀行に「京より二十八里あり、町すこぶる広し、海辺にて魚塩器材乏しからず、諸国の船ここに集まる。
ゆえに商家富めり・・・」と書いているのを見ても、元禄時代の盛況が知られ、
さらに「ちりめん機一千」といい、「酒屋鑑札五十六枚」といった事実をしるとき、
城下町宮津のにぎやかさは想像以上であったことがうかがえます。
有名な宮津節は、ここを通りすぎる多くの人々によって全国に広がったものです。




いきなり引用ですみません。


そもそも、何でこの正月に近畿・・・それもわざわざ日本海側に来たのかを、ざっと書いてみます。
4年ちょっと前の2008年8月、夏休みに九州に行こうと思った時 がありました。

その時は福井県の敦賀から若狭湾沿いにこの宮津まで来て
天橋立・伊根の舟屋に寄ってから(フェリーの出発する)神戸に向かったのですが
日本三景である 天橋立 には寄らなかったのです。
(たぶんあまりたいした理由じゃなかったと思います)

その後、安芸の宮島を訪ねたり(松島には行っています)した上で
「日本三景」と云われるところを、もう少しちゃんと見ておこうとでも思ったのでしょう・・・
どうもそのことが頭の片隅に引っかかっていたようです。


あまり知らない近畿地方ということも相まって、改めて訪ねてみたという訳なのです。



良く知らなかったのですが、この季節の近畿地方の日本海側は蟹が旬だからなのでしょうか!?
普通の食事!?を出す宿が少ないのです。

・・・なら、ということて「蟹が食べられる宿」を探したところ、ここ宮津に泊まることになりました。




b0168647_22155991.jpg

宮津の駅前に到着です。 左の人だかりがある店は安くて美味しいらしいです。(12:50)

b0168647_2216746.jpg



でも夜はいいものを食べることになっているので、昼食は節約・・・と思い
宮津名物であるらしい カレー焼きそば の店を調べる為、観光案内所に寄ってみます。


しかし結果はどうも思わしくなく「正月なのであまり開いていないだろう」とのことです。


その中でも、もしかしたらここは開いているかも・・・というお店を教えて頂いたのでダメ元で行ってみます。


b0168647_22161382.jpg



果たして・・・  開いていませんでした。


残念ですっ。


b0168647_22162047.jpg

まぁ、ここで残念がっててもしょうがないので、すぐ前にあるショッサピングセンターに入り。(13:00)

b0168647_22162694.jpg


b0168647_221633100.jpg

なぜかお好み焼きを頂きました。 味はちょっと・・・でしたが。

b0168647_22163914.jpg

外を見るとクルマが走っていないところは、だいぶ雪が積もっています。



一応お腹も収まったので、天橋立に行ってみることにします。
その前に今宵のお宿が近そうでしたので事前に行ってみます。


b0168647_22174947.jpg

なんのことはない、ショッピングセンターと目と鼻の先でした。


これで後で迷うこともないでしょう。 (^_^)v



b0168647_22175678.jpg

宮津の市街からは海沿いを4km程度走ると天橋立です。 なにやら特急車両が走って行きましたので・・・

b0168647_221832.jpg

この先の信号を右に入ると天橋立なのですが・・・

b0168647_22181050.jpg

道路沿いで客引きをしていた駐車場に停めました。(800円です 13:45)



後は雪のなか、傘を差しつつ歩きます。


b0168647_22181883.jpg

参道のようなところを歩いて行きます。

b0168647_22182573.jpg

このような天気なのにたくさんの人がいますね。

b0168647_22183128.jpg

結果的に智恩寺には寄りませんでした。



天橋立(あまのはしだて)は、京都府宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる砂州である。日本三景の一つ。

天橋立は、宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる全長3.6キロメートルある。
湾口砂州とされる。形成についての詳細には諸説ある。2万年前に宮津湾が完全陸地化して後、
約7~8千年前に氷河期が終わって海面上昇が落ち着くなか当初水中堆積で発達が始まり、
縄文時代の後氷期(完新世、約6千年前)に急速に成長し、
2~3千年前に地震により大量に流出した土砂により海上に姿をみせ、有史時代に現在の姿にまで成長したとされる 。

砂嘴の幅は20メートルから最長170メートルに達し公路となっている。
宮津湾の西側沿岸流により砂礫が海流によって運ばれ、
天橋立西側の野田川の流れから成る阿蘇海の海流にぶつかることにより、
海中にほぼ真っ直ぐに砂礫が堆積して形成されたとされている。

日本では、外洋に面さない湾内の砂州としては唯一のものであり、
白砂青松を具現するかのごとく一帯には約8,000本の松林が生え、東側には白い砂浜が広がる。
風土記(丹後国風土記逸文)では、伊射奈芸命(いざなぎのみこと)が天に通うために
梯子を作って立てため「天の橋立」といったが、大神が寝ている間に倒れて現在の姿になったとされる。



引用続きですみません


b0168647_16552963.jpg

地図もお借りして来ました。


雪が降っていて雰囲気は良かったのですが、気温は0度まで下がっていなかったので
身体に落ちると濡れてしまう雪だったので、傘を差しつつ行動範囲を狭めていたようです。

カメラも二つ担いでいたので、濡れないように気を遣ってしまいます。


b0168647_22183848.jpg

そうこうしつつ廻旋橋を渡ります。


船が通るたびに90度旋回する珍しい橋で、天橋立と文殊堂のある陸地をつなぐ橋です。
かつては「久世戸の渡し」といわれ、てんころ舟で天橋立に渡っていました。
大正12年に手動でまわる廻旋橋ができましたが、橋の下を通る大型船舶が多くなり、昭和35年5月から電動式となりました。
多いときには日に50回ほど廻り、観光客の皆さんの目を楽しませると共に、絶好の写真、ビデオスポットとなっています。




b0168647_22184569.jpg

水は冷たそうだなぁ・・・

b0168647_22185143.jpg


b0168647_2218584.jpg

このような松原を歩いて行きます。

b0168647_2219440.jpg

おおっ、ありましたかっ。 日本三景の碑



日本三景は以下の3つの名勝地を指す。
全て海(沿岸)にある風景となっており、各々古くから詩歌に詠まれ、絵画に描かれていた。

1.松島 … 宮城県宮城郡松島町を中心とした多島海
2.天橋立 … 京都府宮津市にある砂嘴
3.厳島(宮島) … 広島県廿日市市にある厳島神社を中心とした島

江戸時代前期の1643年(寛永20年)に、儒学者・林春斎がその著書『日本国事跡考』において、
「松島、此島之外有小島若干、殆如盆池月波之景、境致之佳興、丹後天橋立、安芸厳島為三処奇観」と書き記した。
これを端緒に「日本三景」という括りが始まったとされる。




b0168647_22191174.jpg

大天橋を渡ります。

b0168647_22195398.jpg

砂浜には雪が積もっています。

b0168647_2220063.jpg

5分も歩くと人の数も減りました。 この天気ですからねぇ・・・

b0168647_2220673.jpg

すこしだけ青空が見えています。

b0168647_22201427.jpg


b0168647_22202158.jpg

雪の積もっている砂浜って不思議な感じなんです。


そんな感じであてもなく15分ほど歩きました。
橋立に行ってみたかった・・・とは云っても、その中の何処に行ってみたいというほどの知識もなかったので
そこそこ歩いたところで引き返すことにしました。
(与謝野蕪村の句碑を見た記憶はあります)

反対側まで行ったら、往復2時間近くになってしまいますから・・・


b0168647_22202830.jpg


b0168647_2220366.jpg

もう少し防水性の高い靴を持ってくれば良かった。 少し湿って来ました。

b0168647_22204365.jpg


b0168647_22205069.jpg



という感じで戻って来ました。


凄く良かったという感じでもなかったのですが、日本三景を(それなりに)制覇した達成感はあります。
松島は奥松島から見えるいわゆる壮観を見たのですが、なかなかのものでしたし
安芸の宮島は海上に立つ鳥居がインパクトありました。

天橋立も周囲のどこかにのぼり、股のぞき的に眺め方をしたら印象はぜんぜん違うのでしょうが
今日の天候では、少し離れると視界が利かないのでしょうがないですね。


b0168647_2220568.jpg


b0168647_2221535.jpg



時計を見るとまだ14:30前です。

当初はこの後、宿に戻ろうと思っていたのですが
別の考えがふつふつと湧いて来ました。


雪景色の伊根の舟屋かぁ・・・
by chage_diary | 2013-01-28 22:10 | お出かけ | Comments(0)
<< 近畿 2013新春 その2(美... 近畿 2013新春 その4(伊... >>