2016晩秋 信州 その5

b0168647_23341716.jpg

上田城にいます。






2016.11.13(日)


万座温泉~草津~嬬恋パノラマラインの北ルートを走って来ました。
明日も休日(会社の創立記念日)なので、今宵も当初から宿を押さえてあります。

場所はというと、北信の渋温泉というところです。

先ほど通った志賀草津道路が通行可能であれば、万座からは小一時間あれば着いてしまう場所です。
今日に関してはその志賀草津道路が通行不可ですので、下界に降りてぐるっと大回りをして向かうことになります。
古い世代の方でしたらご存じであろう昔の映画「私をスキーに連れてって」(1987)の逆ルートといえば
おわかりの方もいらっしゃると思います (汗)

急ぐ旅でもないので、どこかに寄りながら向かってみようと考えています。


b0168647_22222212.jpg

R144に突き当たって、そこを右折しました。

b0168647_22222986.jpg

お世辞にもペースが速いとはいえない軽自動車が先頭になり、どうなるのかと思いつつ

b0168647_22223644.jpg

それほど時間もかからず鳥居峠に到着しました。 11:20


こんなにあっさり登れる峠だったかな・・・と思いつつ。
あっさりと越えました。


b0168647_22231328.jpg

全山真っ茶色!?です。

b0168647_22231998.jpg

上田方面に向けて下って行きます。ここを右折すれば「私をスキーに連れてって」の・・・(

b0168647_2223264.jpg

茶葉(黄葉)と呼んでいるの主にカラマツ林のようです。

b0168647_22233243.jpg

真田・・・という言葉(幟)が随所に見られるようになったので、停まってみました。 11:40


近年、テレビドラマというものをロクに観ない人間になっていますが
今年に関しては「大河ドラマ」などを観続けています。
今回は信州にその名を馳せた真田氏を主役にした「真田丸」というドラマなのですが

どうやら、この真田という土地が、大きく関係しているようなのです。


真田氏発祥の地と知られるのが小県郡真田郷、現在の長野県上田市真田町です。
もともと真田氏がどこから来たなどその由緒は諸説ありますが、一般的に真田氏の始まりは
真田幸村(信繁)の祖父幸隆とされています。その幸隆が本拠としていたのが真田郷です。

そんな真田郷の小さな豪族だった幸隆は当時、海野氏に使えていました。
しかし海野氏が武田氏・村上氏連合軍に攻められ海野氏ともども関東管領の上杉憲政を頼り上野国に亡命していました。
一旦は亡命したものの、幸隆は武田信玄に従うこととし、武田氏の先方として活躍することで故郷である真田郷に戻ってきます。

そういう経緯もあり、この真田郷エリアは真田幸村(信繁)の祖父幸隆が活躍した当時の史跡が多く残っています。



どうやら最初に立ち寄ったのは、ゆきむら夢工房というところのようです。

b0168647_22235666.jpg

まだ設置された看板が真新しいです。


ここでいろいろな表記を見てみると、
真田幸隆公夫妻・真田昌幸公菩提所の「真田山 長谷寺」がそれほど遠くないようなので
寄ってみることにしました。


b0168647_2224330.jpg

旧道に入って、細い路地を右折します。

b0168647_22241185.jpg

まっすぐ登って行って・・・

b0168647_22241844.jpg

それにしても良い天気です。ここの紅葉は今が一番かなっ。

b0168647_22242850.jpg

クルマですから、それほど時間も掛からずに到着っ。 11:57


武田軍随一の謀将・真田幸隆が開山した真田氏の菩提寺。境内には幸隆夫妻と昌幸の墓があります。

長谷寺は昔、種月庵と呼ばれていましたが、天文16年(1547年)真田幸隆が晃運和尚を開山として迎え、
真田山長谷寺を創建、菩提寺としました。昌幸の代を経て元和8年(1622年)信之が松代へ移封となり、
同地へ長国寺を建立したので、現在はその末寺となり今日に及んでいます。



b0168647_22253116.jpg


b0168647_2225383.jpg

墓所は本堂の更に奥にあるようです。

b0168647_22254894.jpg

こちらです。

b0168647_2226666.jpg

正直云うとわかっていないので、こういう説明は助かります。

b0168647_22261390.jpg


b0168647_22262011.jpg


b0168647_22263212.jpg

六文銭にちなんだ賽銭!?なのでしょうか??

b0168647_22263877.jpg

勉強になります。

b0168647_22264617.jpg


b0168647_22265415.jpg



自分は特別歴史好きというわけでもないのですが、
ドラマの主役クラスの人が、実在していた時代背景などには興味を持つようです。
やはり実在していた有名人の墓所というのは何か雰囲気あります(以前高野山に行った時も感じました)


b0168647_2227355.jpg

真田の里をあとにして上田市街までやってまいりました。 12:27

b0168647_22273228.jpg

町はずれの山々も紅葉・・・


上田城に寄ろうとやって来たのですが、日曜ですから混んでいると思っていました。
ところが運良く待ち時間なしでクルマを駐車場に停められました。

ラッキー


b0168647_22273853.jpg

城址はちょうど紅葉真っ盛り 12:38


ちょうどこの1週間前に紅葉まつりを催していたようです。
今年の紅葉はちょっと遅れ気味と感じていますから、もしかすると今週末の紅葉の方が見頃なのかも知れません。

b0168647_22285559.jpg


b0168647_2229470.jpg

見事なイチョウ

b0168647_22291155.jpg


b0168647_22291779.jpg

堀の周囲も

b0168647_22292560.jpg


b0168647_22293333.jpg

う~ん、なかなかのものです。

b0168647_2229409.jpg



上田城(うえだじょう)は長野県上田市二の丸(旧・信濃国小県郡上田)にあった日本の城である。
なお、現在残っている城は、仙石忠政によって寛永年間に再建築城されたものである。

上田盆地の北部に位置し、千曲川の分流である尼ヶ淵に面していたので、築城当初は「尼ヶ淵城」と呼ばれることもあった。
北に太郎山、南に千曲川があり、築城前は土豪小泉氏の古い城館が存在した
(現在、二の丸より西側の小泉曲輪と呼ばれている場所)と伝えられる。
城の南側は千曲川に接し、北側と西側に矢出沢川を引き込み総構えとし、
唯一の攻め口である東側にも蛭沢川や湿地帯などがある。

上田城は、信濃国小県の真田本城主の真田昌幸が当主であった真田氏により、1583年(天正11年)に築城された平城である。
天正11年、天正13年、天正18年と何度かの過程を経て築城をされたものである。
1585年、1600年と二度にわたる真田氏と徳川軍との上田合戦で知られる。
しかし、昌幸が属した西軍が関ヶ原の戦いで敗れ、昌幸が九度山に配流となると、
1601年に上田城は徳川軍に破却され、堀も埋められた。



b0168647_22294737.jpg

写真を撮っています。

b0168647_22295543.jpg

人出がすごいなぁ・・・

城門の中に入りました。

b0168647_2230385.jpg

真田神社というそうです。

b0168647_22301548.jpg

行列が凄かったので参拝は・・・(略)

b0168647_2231712.jpg

おめでとうございますっ。

b0168647_22322529.jpg

有名!?になった兜


城内は本丸等の建物は残っていないにしても、キレイに整備されていました。
随所に紅葉した木々があって、人々の目を楽しませてくれます。

b0168647_22323849.jpg


b0168647_22325476.jpg


b0168647_223389.jpg


b0168647_22331529.jpg

紅葉キレイでしたね~。 11月に入ってからあまり良い紅葉は観られないと思っていたのですが・・・嬉しい誤算です。

b0168647_22332151.jpg


b0168647_22332810.jpg

南櫓・北櫓・東虎口櫓門をくぐって外に出ます。



b0168647_22333522.jpg

なかなかの掘割です。

b0168647_22334183.jpg


b0168647_22335098.jpg

いゃあ、ホントに賑わっています。 皆さん花よりなんとか・・・


展示物がある施設等はスルーして来ました。
(お金を落とさない観光客です(汗))


「日本夜景遺産」に認定された上田城跡公園のけやき並木遊歩道ライトアップ。
鮮やかな紅葉が上田城を彩り、多くの人を魅了します。
グルメイベントや甲冑試着、乗馬など歴史・グルメ・おもてなしを堪能できるイベントも盛りだくさん。



b0168647_22335783.jpg

の会場はここだったかと・・・

b0168647_2234455.jpg


b0168647_22341038.jpg

これにて散策終了 13:12


以前からここと小諸城に関しては、行ってみたいと思っていたのですが
結局大河ドラマバブル!?の最中になってしまいました。
でも何かの機会が無いと来ないので、そういうものなのでしょう。

城をあとにするにも、主要道は混んでいて大変でした。
城下町はただでさえ道路の形状が良くないのですよね。
(当然てっきとーに裏道利用で・・・)


b0168647_22353373.jpg

途中で食事を済ませました。 14:02
by chage_diary | 2016-11-20 23:00 | お出かけ | Comments(0)
<< 2016晩秋 信州 その4 2016晩秋 信州 その6 >>