2015年末 三重 その6

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須賀利町というところです。「にほんの里」100選に選ばれているようです。






2015.12.30(水)


R42を左折して、地図で云うと大きい半島部の先端に向けて走って行きます。
どうやら以前は車道が無く、そこに行く為には海路を使うしかなかったらしい場所です。


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途中にも自分の琴線に触れる景色が見えて来ます。

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いくつかのトンネルを抜け、山を越えて行きました。


・・・R42から走ること10~15分くらいでしょうか。
自分が目指した 須賀利町 に到着です。 着いたのは10:30過ぎくらいでしょう。


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この先から道路が狭くなります。

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左側の壁はおそらく津波除けの堤防だと思われます。

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小学校ということですが・・・

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現在は廃校です。駐車はここにします(一応事前リサーチ済)


他県ナンバーのクルマが何台か停まっていたのですが、
おそらくそれらは年末で帰省されている方々のクルマで、自分のような観光(冷やかし?)目的のクルマは無さそうです。

ここがどういうところかと云うと・・・


「にほんの里」100選 49. 須賀利町

海から山へ瓦屋根壮観
瓦屋根の古い民家約200戸が、海から山へびっしり張り付く風景は壮観。昔ながらの漁村の姿が残る。いまはタイの養殖が中心。



とか


ガイド にほんの里100選

海辺に並ぶ瓦屋根の家

 海に突き出した半島部にあり、周囲に迫る緑の山と入り組んだ深い海とに挟まれた漁業の町だ。高台から見下ろせば、瓦屋根の民家が海沿いにびっしりと立ち並んだ昔ながらの漁村の風景を一望できる。

 江戸時代には、大坂と江戸の間を行き来する船が、風待ちのために立ち寄った。かつての浜には近くを回遊するマグロやカツオの恵みがもたらされ、現在ではタイなどの養殖が営まれる。

 1982年に県道が開通するまでは車で訪ねることができず、「陸の孤島」と呼ばれた。約100年にわたって尾鷲市街地への住民の足となっていた巡航船は、2012年に廃止された。陸続きの紀北町とのつながりも深まっている。

(グリーンパワー2017年3月号から転載)



という場所なのだそうです。


せっかく、紀伊半島に来たのですから寄ってみたい・・・とかねてから思っていたところに
三度目の正直!?で、やっと来られることが出来ました。

あてもなく、小一時間ほど歩いてみようと思います。


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小学校の門を出て、今まで走って来たところより更に奥を見ます。集落はこの先なくなっているような・・・

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なんか冬の花とは思えないです。

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堤防の間から海に出てみました。熊野灘に面しているとは云っても、湾の奥深くなので水面は静かです。

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たき火の火加減を調節・・・

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何が釣れるのでしょうか??

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学校の裏に登れる階段があったので行ってみます。

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こちらはそう人も歩いていないようです。

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ちょっと登って・・・

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こんな路地を歩きます。

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するとこんな景色がっ・・・


これがまさに

高台から見下ろせば、瓦屋根の民家が海沿いにびっしりと立ち並んだ

の景色そのままなのでしょう。


何かの写真で見たそのままの景色が、今自分の目の前にあります。


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いゃあ、いい景色です。


自分の琴線に触れるのは、こういう昔から残っている街並みと
時間の流れがゆっくりに感じる、こういう雰囲気なのです。


路地だと思って歩いていたら、なにかしら、余所様のお宅(敷地内)に紛れ込んでしまいました。

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年末なのに梅の花が咲いていました。


いゃあ、これは申し訳ないことになった・・・と思いつつ歩いていると。


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なんとお寺の境内でした。

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曹洞宗 普済寺 といいました。


畑仕事をされているご老人がいらっしゃると思ったら、なんとお寺の住職さんでした。
最初は自分の出自を明かし、街中を散策させて頂いているうちにこちらに入ってしまったと告げ
世間話をしているうちに、写真やカメラのは話になり
更には住職さんの若い頃、東京にいらっしゃった時の話や、
このお寺の由来(なんとかの竹中工務店の創始者竹中和尚が建てられた)などのお話を伺っていました。


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住職さん近影です。すみません撮らせて頂きました。


本当はこの写真を撮って、世の中に出したらとっととお知らせすることになっていたのですが・・・
遅筆で遅くなってしまい、申し訳ありません。



曹洞宗/普済寺

この須賀利はその昔(平安時代)山の向こうの”元須賀利”という地から、何人かの人々が移り住んで来た。

ここは良い場所だと、人々は漁業で豊かな暮らしを続けてきたが、ところが江戸時代、須賀利で飢饉や疫病が発生したことから、多くの人が命を落とす中、この地を離れようと言うものもいたが、ここに神社とお寺を造り祀ることでこの危機を沈めようとし、このお寺が創建(1624)されたとのことである。

その時の大工は、「竹中工務店」の祖、尾州名護屋の竹中和尚である。




なかなか由緒のあるお寺でした。
ちょうど1年前に父親が亡くなった時、あらためて自分の家の宗派を確認(汗)したところ
曹洞宗(の禅宗)ということがわかったので、その辺の話も住職さんと話したような気もします。


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いろいろと説明書きがされています。

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しばし、拝観させて頂きました。

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山門から街中への階段を下りて行きます。


須賀利 は自分にとっての見所が多かったのでつづきます。
by chage_diary | 2016-01-03 21:30 | お出かけ | Comments(0)
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