北信・越中・飛騨 その5 (日本海沿いを富山方面へ)

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富山県 新湊大橋にて






2013.07.13(土)


妙高小谷林道、峰越連絡林道妙高小谷線を通行することが出来なかったので
結局R18を北上して、上越市に向かいR8を西に走ることにしました。

小谷村に抜けようとしていた時点で西に行きたかったのだと思います。

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この十字路を左折します。

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R18は主要道だけあって結構クルマの台数が多く、あまり流れが良くありません。

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結局R292の終(起)点を通ります。


東に向かうという選択肢もあったのですが、
ここから新潟市方面はなんとなく気持ちを盛り上げる場所が思い浮かびません
どうせここまで来たのなら、普段早々行くことの出来ない富山方面に魅力を感じます。


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・・・なので左折をしました。 このままR8を走っていればそのうち新潟県を脱することになるでしょう


日本海が見えてきました。
空模様はというと・・・やはりまだスッキリしません。

でも、さっき雨に降られたことを考えると
これでもまだ良いのかも知れません。

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道の駅 うみてらす名立 以前何度か寄りましたが、今日はスルーです。

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途中で海沿いにクルマを停められるところがあったので寄ってみました。

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山の上は降っているなぁ・・・まだ

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能生を通過、このあたりの漁村の屋根はみんな黒い瓦です。

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思い出の地(謎) 能生海水浴場で少々休憩です。

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糸魚川市街を通り過ぎると、新幹線の線路が出来上がっていました。 このあたりも近くなるなぁ


糸魚川を過ぎると北アルプスがそのまま海に落ちて行く地形の場所が現れます。
地名を親不知というのですが、地形の関係で斜面に道を付けるのが難しい為
高速道路と現在のR8は海上を走っています。(鉄道はトンネル)
ここは何度通ってもインパクトがあるので、いつも結構楽しみにしています。


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この下は海です。

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北陸道が上を走っています。

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いゃあ、ここはお金が掛かっていますねぇ。 たぶん保守をしていくのも大変かと思われます。


途中にある 道の駅 親不知ピアパーク に寄ってみます。

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陽が見えました。 どんな夕日になるかと思ったら・・・今日はこれで終わってしまいました。

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いつもここに来るのは夕方のような気がします。 自分にとっては黄昏の場所??なのかな。


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この辺りの道路は海上かシェルターの中かのどちらかがほとんどです。


せっかくですから親不知コミュニティロードに寄ってみます。


親不知(おやしらず)・子不知(こしらず)
天下の険として有名な親不知、子不知海岸。北陸本線親不知駅を中心とする青海駅、
市振駅間約15kmの総称で、親不知駅・市振駅の間が親不知、親不知駅・青海駅の間が子不知と呼ばれています。

地名の由来はいくつかあり、

1.北陸道最大の難所で、断崖絶壁と荒波が旅人の行く手を阻み、波打ち際を駆け抜ける際に親は子を忘れ、
子は親を顧みる暇がなかったことから親知らず・子知らずと呼ばれるようになった。

2.平清盛の弟、頼盛の夫人が夫の後を慕って親不知を通りかかった折、2才の愛児をふところから取り落とし、
波にさらわれてしまった際に悲しみのあまり詠んだ「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」
という歌が由来になった。

などという説があります。

現在はJR北陸本線、国道8号、北陸自動車道が通り、通行に支障は無くなりましたが、
親不知記念広場の展望台から海岸線を眺めれば、当時の苦難が想像できることでしょう。


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これがその海岸線です。 いつ見てもすごいです。昔は旅をすることが命がけだったのでしょうね。


親不知コミュニティロード

交通の難所・天下の険と人との闘いの歴史、四世代にわたる道を一望できるコミュニティロード。
眼下の波打ち際が、親不知・子不知の由来となった北陸道、続いて当初国道としてできたコミュニティロードは二世代目。
三世代目は現在の国道8号、そして四世代目が北陸自動車道です。

天下の険といわれた親不知にも、明治16年、断崖を削った街道が開かれました。
その後、いくつかの改良を経て、昭和48年の国道8号天険トンネルの開通により使用されなくなり、
遊歩道として使用されるようになりました。



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こちらが二世代目の道です。結構最近!?まで現役だったようです。


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すぐ近くにある宿に泊まっている方々です。 たぶん夕涼みがてらの散歩でしょう。


この時点で18:00でした。
自分もどこかの宿に泊まるのであれば、そろそろ今日の移動は終了なのでしょうが
まだまだ予定が定まっておりません。


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この岸壁の下が古代の北陸道だと思うと・・・


黄昏時に少々感傷的になりながらも先に進むことにします。


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そろそろ新潟から富山に入るというところに市振というところがあるのですが、前から気になっていたので寄ってみました。

何が気になっていたのかと云うと、家並みの瓦が皆黒光りしていて整然としていたからです。


松尾芭蕉ゆかりの地「市振(いちぶり)」は、越後と越中の国境にあり、
その名のとおり越後の第一番の「振りだし」です。
加賀前田候の参勤交代の要路であり、越中から越後親不知の西の入り口の宿駅として賑わっていました。



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後に見えるのが海道の松だそうです。


北陸街道の宿駅であった「市振の宿」の東入口にそびえる老松で、国道が開設(明治16年)される以前は、
東方から来訪する旅人にとっては、「天下の険 親不知」の難所越えの終点地を目指す目標として
旅人に親しまれてきました。


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何もわからずに寄ってみたのですが、由緒のある宿場のようです。
今度来る時にはもう少し時間を使ってみようかな。


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・・・ということで、いよいよ富山県に入ります。


そろそろ風呂にでも入っておかないと、入りそびれそうだったので
ここも以前入った 境鉱泉 に寄ってみます。

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国道8号線沿いにある、開湯90年以上の歴史を誇る。
以前は、湯治湯だったそうだが、現在は日帰り入浴施設として親しまれている。
薄い赤茶色した無味無臭の湯、源泉の湯温が低いので加温している。
循環濾過を使用し、塩素系薬剤で消毒している。



いい湯を頂きました。

以前来た時はここでカメラの電池を充電させて頂いた(事前にちゃんと断りましたよ)のですが
今回は車載のインバーターを持ってきたので、それほど長居はしませんでした。

身体もさっぱりしたし、さぁ行くか・・・(といいつつ、朝温泉には2度も入っているのですが・・・)


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その後はR8を西へ西へと・・・

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いつも道の流れが悪くなる辺りはバイパスが延伸中でしたので使ってみます。(2013.07現在の効果は微妙・・・)

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早く開通して欲しいものです。


魚津の先からは片側2車線になり、移動速度が早まります。
富山の市街はスルーして、射水の 麺屋いろは さんに向かいました。

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ここで 富山ブラック を頂きます。(20:30)

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通称富山ブラックと呼ばれる真っ黒いスープの富山黒醤油ラーメン。
見た目は塩辛そうですが、あっさりとした味わい。しかも、キレと深いコクがある醤油ラーメンです。
その秘密は、スープに使う醤油。旨み成分を多く含み、塩分を控え目にするという独特の製法で造られた超濃厚な魚醤です。

創業以来、麺家いろはではこの醤油を注ぎ足しながら使っていますが、
まさに長い歳月をかけて熟成された秘伝の黒醤油といえるでしょう。
これに丸鶏の食肉スープと氷見煮干などの魚介スープを合わせて仕上げた醤油ラーメンです。



ここのお店で食べるのは2回目なのですが、その間に富山駅至近の元祖と云われるお店にも行っています。
富山ブラックはそもそも「ご飯のおかず」的要素が強かったらしく、結構しょっぱかったのですが
ラーメンとして頂くには、ここ麺屋いろはさんくらいの味付けの方が好きです。

・・・といいながら餃子と(おかわり自由の)ライスのセットにしてしまいましたが(汗)


今日は昼も夜も麺類となってしまいました。



さて風呂も入りましたし、夕飯も済ませましたし
あとは今宵のねぐら探しを・・・というタイミングなのですが
自分的な宿題!?をひとつ残していました。

ここからほど近い新湊というところにかかった新しい橋を見たかったのです。
去年のGWに来た時は、まだ供用を開始していなかったので
眺めただけで終わっていたのです。

ここまでR8を走って来る時にも、遠くにライトアップされている姿が見えていたので
行ってみることにしました。



新湊大橋(しんみなとおおはし)は、富山県射水市の富山新港に架かる日本海側最大の2層構造の斜張橋。
2002年(平成14年)11月に延長3600mの臨港道路富山新港東西線の一部として着工、
上層の車道部分が2012年(平成24年)9月23日に開通。下層の自転車歩行者道は2013年(平成25年)6月16日に開通した。

橋は5径間連続複合斜張橋で、2車線の車道階と桁下の自転車歩行者道階の2階建て構造からなる。
総事業費約485億円は、国が3分の2、富山県が3分の1を負担する。

主橋梁部の長さは600m、主径間は360m、A型の主塔の高さは127m、ケーブルは72本で、
張り方はファン型、桁下空間(海面からの高さ)は47m。
なお東西のアプローチ道路は、東側が1,650m、西側はループになっており1,350mである。




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まずは西側の橋下をくぐってみます。端正な形ですね。


すぐ近くにある海王丸パークに寄ってみました。


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みなとオアシス海王丸パークは、帆船海王丸を中心とした海王丸パークを中核施設としています。
帆船海王丸では、年間約10回の総帆展帆(そうはんてんぱん)のほか、
満船飾(まんせんしょく)や登檣礼(とうしょうれい)を行います。
海王丸パークでは、季節毎のイベントを実施するほか、市民によるイベントも開催されます。



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渡ってみます。

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反対(東)側にしばらく居て引き返します。

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そして、ふたたび海王丸パークに・・・


夏場の土曜日の晩ということもあって、辺りは翌日が休みと思われる人々で賑わっていました。
なんとなく、くつろいだゆる~い感じの空気が流れていました。

目標を達成!出来たので、いよいよねぐらを探すことにします。

・・・とは云っても外気温は30℃近く

平地ではとても寝ることが出来ないので、やはり山を登ってみることにします。
そうなるとやはり以前と同じ南砺市にある庄川沿いの 道の駅たいら になるのでしょうか!?

高岡の市街を抜けながらR156を南下して行きます。


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by chage_diary | 2013-08-14 22:10 | お出かけ | Comments(0)
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