東北 2013GW その2

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石割桜はちょうど満開でした。






2013.05.03(金)


盛岡の市街に入ってまいりました。


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左手には北上川が流れています。

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市街中心部はちょうど満開かなっ>>桜


盛岡市(もりおかし)は、岩手県の中部に位置する都市で、同県の県庁所在地である。
東北では仙台市、郡山市などと共に主要都市の一つとして数えられており、
周辺自治体に広がる約50万人の盛岡都市圏を形成している。中核市に指定されている。



松任谷由実「緑の街に舞い降りて」という歌の歌詞に

♪ 「Morioka」というその響きがロシア語みたいだった ♪

という一節があるのですが、どうしてもそれを思い出してしまいます。


何度か来た&通ったことはある盛岡ですが、
市街をじっくりと歩いたことがなかったので、今日は少々散策をしてみようと思っています。

まずは満開と聞いていた「石割桜」を見たくて、近くの駐車場を見つけて停めます。(12:00前)

クルマを停めるとどうやら目の前の池&水路は城の堀のような感じです。




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けっしてドブ川ではありません。 ほとりに咲く桜がキレイでした。

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対岸にある店がなんとなく良い味を出していました。(他にもたくさんありました)

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今年は何度満開の桜を見たのだろう・・・ 東京の開花は3/16でしたから。




石割桜は目と鼻の先でした。 道路を渡って・・・

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ここですっ。



石割桜(いしわりざくら)とは岩手県盛岡市にある巨大な花崗岩の割れ目から育った
直径約1.35m、樹齢360年を越える桜である。
見ごろは4月の半ばから。盛岡駅から徒歩15分の、盛岡地方裁判所構内に所在する。
1923年(大正12年)に国の天然記念物に指定された。
寛永年間頃に南部藩主の分家にあたる北監物の庭園であったといわれ、明治初期には桜雲石と呼ばれていた。
家老の屋敷内の庭にあった巨石が落雷をうけてできた割れ目に
エドヒガンザクラという桜の種子が入り込み成長したという伝承も残っている。
1932年(昭和7年)に盛岡地方裁判所が火災に遭い石割桜も北側の一部が焼けたが、
幸い全焼を免れ翌春には再び花を咲かせた。
火事の際、庭師・藤村治太郎が身につけていた半纏(はんてん)を水で濡らし、
濡れた石で足を滑らせて口を切るケガをしながらも石割桜を守ったというエピソードは有名である。
樹勢の衰えが目立っていたため、2000年(平成12年)春に50年ぶりに樹木医による本格的な治療が行われた。




さきほど寄ってきた小岩井の一本桜同様、岩手を代表する桜の木だと思います。
以前社員旅行で来た時(もう20年以上前)は、4月上旬だったのですがまだ開花する前でした。
例年は4月中旬が開花時期で、もうゴールデンウィークには散っているのでしょうが
今年は結果的にちょうど良くなったようです。


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近くに寄ると大きさがわかるのではないでしょうか!?

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見事にまっ二つ

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それにしても大きい石ですね。


いいものを見ることが出来ました。



せっかくクルマを停めることが出来たので、しばらく歩いてみることにします。
雨がポツポツと落ちて来てしまいましたが・・・



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石割桜の至近にある岩手県公会堂です。

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岩手県公会堂は昭和2年(1927)に竣工したゴシック系の近代建築で、
昭和天皇の御成婚記念事業の一環として計画されました。
大きく県会議事堂、大ホール、西洋料理店、皇族・貴族方の宿泊所の4つの機能を持っており、
間口44メートル,奥行48メートル、正面塔屋の高さ約24メートルの規模を誇り、
438、000円の建設費と4年という歳月が掛かりました。

設計は早稲田大学教佐藤幸一氏で日比谷公会堂や東京市政会館、早稲田大学大隈講堂などを手がけており、
岩手県公会堂もそれらの建物と類似している点が多いと言われています。
当時としては先駆け的存在のコンクリートを主要構造として、
全体的には2階建てに高さを抑えるなどの周囲の環境にも配慮してます。
柱は基本的に外側に張り出させ、スクラッチタイルが何層に張られている様なデザインで全体を構成している為、
単調にならないような工夫が見られます。




何か懐かしい感じの建物でした。
なんとなく中に入ってみました。


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この階段が歴史を感じさせます。

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このようなアーチ形状が手作りっぽい

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コンクリートで打ってあるみたいです。

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自分が小さい頃はこういう建物がまだたくさんあったような気がします。
最近の建物はみなキレイなのですが、味わいみたいなものがなくなったような気がします。



しばらくうろうろしてから、またまた歩きます



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ここは市役所だったかなぁ・・・

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その裏の中津川とシダレザクラ

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新渡戸 稲造さんは有名ですよね。 以前の五千円札の肖像でした。

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あまり似ていないような気もしますが・・・


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ここまで上って来るのですねぇ。

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そんな中津川を渡りました。



盛岡の街は・・・

日本の県庁所在地級の都市の中では、奈良市や金沢市などとともに、比較的戦災被害の少ない都市に数えられている。

そうで、云われてみればそうだったような気もします。


・・・もっとも、これは帰ってから知ったことなのですが(汗)





そしてここにも、なにやら懐かしい感じの木造の建物がっ・・・


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火の見櫓が木で造られているのは珍しいかなっ


紺屋町番屋は大正2年(1913)に消防番屋として建てられました。
木造2階建て、寄棟、金属板葺きの建物で外壁は下見板張り、窓は縦長の開き扉が採用されています。
屋根の上には望楼が設えられ、現在は高い建物が周囲に乱立して見通しが利きませんが、
当時はかなり遠くまで望めたのではないでしょうか。
1階のシャッター部が改造されている他はあまり大きく変化がなく、消防施設の変遷を知る貴重な建物として、
昭和52年に盛岡市の保存建造物指定をうけています。



なかなか由緒のある建物のようですね。



中津川の対岸を歩いてみます。


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柳の木と旧い建物、そしてチャリンコに乗った子供が日常感をかもしだしていました。

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手造り感のある瓦でした・・・


茣蓙九は文化13年(1816)に創業した紺屋町にある商家で、盛岡市を代表とする町屋建築です。
様々な建物が増築された為、時代背景による工法や素材などバラバラですが、
格子窓や隣家との境にある土壁(うだつ?)、中津川沿いに連なる土蔵群など印象に残る風景を醸し出しています。
案内板によると「この建物は、江戸時代後期、明治中期、明治末期と次々に建てられたもので、
藩政時代からの商家の姿を今に伝える建造物である。」とあります。盛岡市の保存建造物に指定されています。



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立派な塀が続いていたので、名のある建物なのかと思っていたのですが、江戸時代からのものなのですね。

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奥に見える橋から川の右岸を歩いて来ました。




すると、その角にっ。

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これもまた重厚な建物が建っていました。

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旧岩手銀行旧本店本館は明治44年に建てられた洋風建築で、煉瓦造1部3階建てルネサンス様式の建物です。
設計は辰野金吾と葛西萬司の両氏によるもので、
東京駅同様当時の建築様式を伝えるものとして国重要文化財に指定されています。
外観は赤煉瓦を主体とし白色の花崗岩をライン状に嵌めこむ事で水平を強調するデザインとなっています。
窓は縦長を基調とし1階は小庇、2階は上部をファンライトと呼ばれる半円形の欄間として変化をつけています。
建物正面は六角形の平面でこの部分だけが3階となり柱飾りやレリーフなど意匠に凝っており正面性を出し、
屋根にはドーマを始め、展望台や手摺など変化に富み印象深い建物となっています。



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やはり東京駅ですよねぇ・・・


外壁の一面は改修作業の途中でした。
東京駅もそうでしたが、この手の建物の修繕はとてつもない手間と時間(とお金)が掛かるようです。





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一方、こちらもなかなかのものでした。


旧盛岡貯蓄銀行本店は昭和2年(1927)に建てられた近代建築で、設計は盛岡市出身の葛西萬司です。
当時の銀行建築で見られたギリシャ風の要素を取り入れ、
正面外壁には6本の丸柱があり神殿をモチーフにして銀行の持っている重厚で誠実な印象を引き立ています。
又、外壁にはレリーフが散りばめられており意匠的にも見所が多い建物と言えます。
盛岡市の保存建造物に指定されています。



相手が東京駅!?ではちょっと分が悪いですが、同じ通りに建っていました。



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こちらがさきほどの茣蓙九さんの正面側です。




その角からふらふらと小道に入ると・・・

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なにやら正面に行列が出来ていました。

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東家さん 有名なわんこそばのお店だそうです。



明治41年創業の老舗の蕎麦店。大人気のわんこそばコースのほか、
そば料理のフルコースの「蕎麦会席」や、
食材豊かな岩手ならではの郷土料理南部の晴食を再現した「南部のお振る舞い膳」も。
また、50年前に姿を消した盛岡の銘酒「中津川」も東家オリジナルとして味わうことができます。




ここでわんこそばを食べてしまうと、夕食が入らないと思い通過することにします。
そこそこ行列もありますし・・・




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肴町というアーケード街がありました。

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その角から旧岩手銀行旧本店本館をもう一度・・・


肴町は江戸時代から続く歴史ある町。
現在は365メートルのアーケード「ホットライン肴町」を中心に約80の店舗が立ち並んでいます。
お買い物はもちろん、天候を気にしないで歩けるアーケード内では
様々なイベントや物販なども行われますので、ぜひ皆様も肴町にお越し下さい。



雨もポツポツ落ちているので、これはラッキーと思いアーケード街を歩いてみました。

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最近はシャッター通りと化したアーケード街を見かけることが多くなってしまいましたが
ここ肴町は活気がありました。

最近はどこに行っても郊外型の大型ショッピングセンターが栄える時代になってしまいましたが
こういう所を歩くと、いいなぁ・・・と思います。

アーケード街の周囲も散策しつつ、そろそろ戻ってみようと思います。


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そう思いつつ歩いていると、人だけが渡れる橋があったので、そこを渡っています。
by chage_diary | 2013-05-23 22:00 | お出かけ | Comments(0)
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